ページの先頭です
メニューを読まずに本文へ移動します
 
 
ここからグローバルナビゲーションです
 
 
ここからローカルナビゲーションです
 
 

形而上の法則

形而上の法則とは

私たちは科学の進歩で、宇宙の運行をはじめとして、地球上での様々な現象も無秩序ではなく、一定の法則によって動いていることを知っています。皆既日食という現象も、古代の人々は恐怖におののいたことでしょうが、太陽や月が一定の軌道を通ることが分かっているから、今では予測し、天文ショーとして楽しむことができます。
動物も植物もすべて法則に従って生命を営んでいます。科学の進歩でさまざまな法則が解明され、それを利用して私たちの生活は便利で、快適になってきました。これらの法則の基本となるのが、原因があって結果があるという因果律の法則です。
生物学や物理、化学、医学から天文学まで、私たちはその法則を体験しあるいは、様々な形で実証、証明することができます。現在の学問で解明できないのが、もう一つの法則、形而上の法則です。人として為さねばならないこと、為してはならないこと、あるいは為した方が良いこと、為さない方が良いことなどが、厳然と定められ、従わなければ戒めや罰(ばち)として応報されます。それは考え方、心掛けまでも対象となります。人を憎んだり、羨んだり、あるいは殺したいと思っても法律では罪にはなりませんが、形而上の法則ではこの心掛けに対しても戒められます。
道徳は単に儀礼的なものと考えていますが、真実の道徳とは神佛が定められた規範です。規範に違反すれば、罰が応報されます。権力者が悪いことをして、刑法などによって罰せられなくても、神佛の罰から逃れることはできません。悪因悪果、善因善果は、神佛の法則です。すべての事象、現象には必ず形而上と形而下の原因があります。

人がインフルエンザに感染して発症するのは、どこかで誰かからウィルスを貰うという原因があり、そのウィルスが体内に入り、ウィルスが増殖して発症するという結果となります。何事も原因と結果があることは誰もが知っています。学校などで学び、誰もが知っているのが形而下の法則です。一方、インフルエンザを発症して苦しむという現象の原因には、先祖や親を大切にしていない、社会に役に立つことをしていない、あるいは人に迷惑をかける反道徳的、反社会的な行いをしたなどの、もう一つの原因があります。それを改めなさいという神佛からの合図が、インフルエンザの発症で高熱や筋肉痛などで苦しむという結果です。
あるいは交通事故は注意不足やスピードの出し過ぎなどの原因がありますし、事業の不振には技術力、営業力の不足や放漫経営などの、様々な形而下の原因があります。同時に、その根源に、本人が努力してもうまくいかない、巡り合わせが悪いなど、俗に「不運だ」とか「ついていない」と表現することがあるように、本人の思い通りにならないことがあります。しかし、不運と思われることも、例え自分に思い当たる事がなくても、それまでの行いの累積の結果であって、形而上の因果律のはたらきです。他人や社会のせいではなく、すべて自己のこれまでの行為の結果です。
他人に迷惑をかけるような反道徳的、反社会的行為と日常生活の「運」「不運」とは、直接のつながりがないと思われていますが、法律的には罰せられなくとも、悪い行いをすれば悪い結果が生じるというのは厳然たる法則です。善を行えば、苦しい時に人から助けてもらえるなど、必ず巡り巡って、本人に良いことが招来します。
苦悩災厄から逃れるには、形而下の法則に基づいて原因を解明し、病気であれば薬などで治療し、経済的苦境であればさらなる努力や、改善の工夫あるいは法律的な対応などをします。一方で、悪い結果をもたらしている形而上の原因を解明し、それを改めることが必要です。形而上の原因を取り除かなければ、形を変えて合図がかかり、苦から逃れることができません。
要するに、形而上の法則を学び、素直に従い、善を行うことが幸せへの道です。法則を学び、実践すれば、願わなくても、必ず良い結果が招来します。それが信仰の基本です。形而上の法則は、深遠幽玄であり、ここに記したことは初歩の初歩です。